なんか
これのRTが凄まじかったので書くから誰か漫画に起こそう(提案)
その日は雲一つない晴天だった。
第二艦隊は提督の命を受け、長距離練習航海の遠征に出発した。
時間は30分。艦隊の練度を高めるのが目的のため、獲得資源は乏しいが、弾薬と高速修復剤が手に入る、重要な遠征だ。
特に問題もなく成功を収め、弾薬と修復剤と少量の鋼材を手に、第二艦隊は鎮守府の門に帰還した。
だが、その門は閉じられていた。
実際、よくある事だ。提督はその業の他にも幾つかの仕事をしていると聞く。艦隊は時間通りに帰るが、不定期な提督の着任により、待たされる事は少なくなかった。
「うーん、今日はどのぐらい待つことになるんでしょうね……」艦隊の中では最も遠征の経験があるのが吹雪だ。
「長かったら夕方になるっぽい?」それに対し、鎮守府に来てまだ間もない夕立。それでも立派に任務をこなしている。
「また遅くなったらうーんと文句言ってやるんだから!」雷は最初に配属されたらしい。練度は最も高いが、最近は戦艦や空母の育成のため、遠征要員が多い。
「全く、いつもいつも何をやってんだか」そして三人を纏める旗艦がオレ、天龍だ。
この遠征には軽巡は必要ないが、編成を変えずに色々な遠征に行けるようにという、ぶっちゃけ提督の怠慢の表れである。
今は朝方だが、どうせ夕方、遅くても夜には門が開き、オレ達は提督の事を愚痴りながら成功の報告をするのだろう。
――と、朝はそう思っていた。
夜。
提督は一向に帰ってくる気配がない。いつもはこの辺りの時刻には帰っている筈なのに。
第一艦隊は鎮守府の中にいると思うが、連絡手段は持っていない。
「遅いわね……別の仕事が忙しいのかしら?」
「もしかしたらその仕事に疲れて寝ちゃってるっぽい?」
以前も同じようなことがあり、その結果、オレ達が鎮守府に戻ったのは翌朝だった。
思った以上に冷え込む夜と眠気に余り喋ることはなかったが、全員がまったりと提督の帰りを待っていた。
そう、この時はまだ、誰も気付いていなかったのだ。
結局門が開くことも、提督が帰ることもなく朝を迎えた。そろそろ待たされる記録を更新する頃だ。
「司令官、帰って来ませんね」吹雪が少しの不安を口にした。
「お腹空いたなぁ」雷も昨日の元気は無いようだ。
艦娘にとっての食事とは補給である。ずっと動いていると燃料も次第に減っていく。駆逐艦は積載燃料が少ないから、空腹に敏感なのかもしれない。
オレはというと、確かに空腹感はあった。軽巡と言えども旧式、気丈に振舞っても体は正直だ。
だが、同時に旗艦でもある。駆逐艦達の前で弱音は吐けない、吐きたくない。
それにまだ一日だ。この程度、いつも激しい戦闘が起こる海域に出撃している第一艦隊に比べれば……
そんな前向きな考えも虚しく、気が付けば陽が暮れ、また新たな太陽が昇っていた。提督は帰ってこない。第一艦隊も来ない。
流石に艦隊にも不安の色が濃くなっていた。
「提督さん、他の仕事が忙しいのかな?」
閉じたままの門を背もたれに、夕立は座り込んでいる。言葉では元気に見せても、疲れと空腹が襲ってきているのだろう。
他の二人も、明らかに口数が減っている。オレ自身も、だ。
待てども提督は帰って来ない。かと言って何か行動をする事も出来ない。
出来るのは、ただひたすらこの門の前で待ち続ける事だった。
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退屈な時間はあるピークを過ぎるとその感覚さえも無くなるらしい。
何日だ。第二艦隊が遠征の報告を出来ないままでいるのは。5日か、一週間か、或いはそれ以上か……
「天龍さん、天龍さん! 雷が!」空腹でぼーっとしていたオレを、吹雪の呼ぶ声が現実に引き戻した。
「雷が起きないんです! さっきから声を掛けているのに……」
見ると、雷は人形の様にぐっすりと眠っていた。
人間なら確実に死を想像するが、艦娘には轟沈以外にそんな概念は無い……筈。思い当たる原因と言えば――
「――完全に動力源が切れたんだろうな。補給するまで起きないだろうぜ」
つまりはスリープモードだ。勿論、先に述べた通り死んではいないので、補給さえすれば起きる。補給さえ、すれば。
だが、駆逐艦達は既に心を折られていた。かと言って混乱する元気も残っていない。満身創痍という言葉が良く合っている。
というより、自分たちにも雷と同じ『それ』が近づいているのは分かっているのだろう。雷を挟むように、吹雪と夕立が彼女を抱きかかえた。
オレはやはり、そんな光景を横目に、提督の帰りを待つしかないのだ。
それからも数日が経った。吹雪と夕立も既に『寝ている』。
可愛いもんだ。型の違う駆逐艦が三人、抱き合って寝たまま動かない。
そういえば、夕立が最後に「提督さん、提督を忘れちゃったのかな……?」って言ってたな。
オレも薄々は感づいていたが、どうもその予想は当たっているらしい。
――提督は、提督であることを辞めたようだ。
いや、これはオレの推測でしかない。何かの機会にひょっこり戻ってくるかもしれない。
何食わぬ顔で戻ってくるか、申し訳なさそうに戻ってくるか。
……前者なら当然蹴りの一発ぐらい良いだろう。後者なら、男らしくないと蹴りの一発でも入れよう。理不尽だが、それでいい。
どうだろう。実際に戻ってきたら、提督にそんなことが出来るか?
オレなら……情けない話だが、泣いてしまうかもしれない。もし泣いてしまったら、海のせいだと言い訳しているかもな。
……提督は、もう帰って来ないのかな。
オレ達はもう、出撃することも、他の艦と演習することも、こうやって遠征することも出来ないのかな。
鎮守府に着任してからの思い出が、脳裏にフラッシュバックする。
初めての出撃で派手に大破したこと。誰よりも先に改装を施してくれたこと。他の強い艦が来た時に、第一艦隊こそ外されたが、ずっと第二艦隊旗艦に据えてくれていたこと――
――そうか、これが走馬灯ってヤツか。寂しいもんだな。
色んな思いが過ぎったが、不思議な事に、提督への不満や不信感は一切出てこなかった。
理由は本当に謎であり、一方で、言葉に出来ない様な答えが出てもいた。
「提督は今、何処で何をしてるんだろう」
そんなことを空に呟き、天龍は深い眠りに落ちた。