自室に案内された天月に、加賀は言う。
「まだ何も分からないでしょうから、今日は施設の見学や艦娘との交流など、ご自由にお過ごしください。最低限のスケジュールだけ把握して貰えると幸いです。次は30分後、12時の昼食時にまた伺います」
扉が閉められた後、緊張から解放された天月は大きく伸びをし、部屋を見渡す。
加賀の部屋と違い少しだけ狭いが、大きな机がある。所謂執務机だろうか。最初に挨拶をした広間にも似た物があったが、こちらが少し新しい。仕事用とプライベート用で分けられているのだろう。
とりあえず、と持ってきた荷物を整理する。クローゼットもあり、思った以上に過ごしやすそうだ。
そのクローゼットの中に、白い服を見つけた。新品のように新しいその服は、何処かで見た事のある提督の服そのものだった。
「確か、服装に関して規定は無かったはずだけど……」
資料を軽く見返すが、それらしき記述はない。気分か或いは公私で分ければ良いのだろうか。ただ、折角用意されていた物、気分を入れ替える為にも着てみよう、と天月は考えた。
着慣れない服を何とか着た後、残りの時間は資料を読み直す事にした。
この施設で決められているのは、朝礼と3回の食事、そして消灯の時刻のみである。入浴(艦娘にとっては入渠だが)は出撃の有無及びそれでの被害状況によって変化するため決められていない。
それ以外の時間は、加賀の言う通り『自由時間』、つまり艦娘とのコミュニケーションや出撃は天月に委ねられている。
ページを捲っていき、出撃に関する記載を見る。
大まかに言えば『深海棲艦』と呼ばれる敵を撃破する事が目的らしい。天月自身は見た事も聞いた事も無かったが、そもそも殆ど海に行かない彼女には当然と言えば当然だった。
また、その項には『出撃について』という欄があった。
中には、加賀が説明した大破撤退や疲労、装備の話が書き連ねてあった。その最後には、『これらを一つでも怠った場合、艦娘轟沈の危険性が伴われる為、厳守すること。』と書かれている。
轟沈――何も知らない天月でさえ、少し寒気のする言葉。
少しだけ、心拍数が上がっている事に彼女は気付いた。
そんな資料を読んでいると30分はあっという間らしく、扉をノックする音が聞こえた。扉を開けると、加賀が立っている。
「昼食の時刻となりました……お着替えになられましたか」
慣れない服装をじっと見られ、天月は少し顔が赤くなった。
「やっぱり、着方とか間違ってます? もしくは普通に似合ってない?」
その顔を見て、加賀は少し笑う。
「お似合いですよ。やっぱり……っと、時間が来てますね」
思い出したように言葉を切る。
「昼食は先程挨拶をして頂いた大広間で摂りますので、一緒に向かいましょうか」
大広間では、数人の艦娘がせっせと大きなテーブルを運んでいた。
「天月さん……でしたっけ。はじめまして、吹雪と言います」
駆逐艦、吹雪。事前に名簿は確認し、ある程度の名前と顔は覚えている。
「はじめまして、天月です。色々と教えて下さいね」
簡単な挨拶を交わしていく。昼食の準備をしていたのは吹雪の他に電と時雨。全員が駆逐艦だ。
テーブルの上に食事が並べられていく。加賀曰く、各艦で食べる量が違う為、席は決まっているが週ごとに席替えを行うらしい。
「尤も、これは施設の決まりと言うよりは我々の慣習みたいなものです。こうする事で色々な艦と話が出来ますからね」
座席表を見た艦娘が次第に着席し、広間が賑やかになっていく。天月の席は執務机の近くで、両隣には『伊401』と『響』。潜水空母と駆逐艦だ。席の方を見ると、二人とも既に座っていた。視線に気づいたのか、伊401が手招きをしている。
「潜水空母の伊401です。皆にはしおいって呼んでもらってます!」
元気なしおいに対し、人見知りなのか照れているのか、
「駆逐艦、響だ。よろしくね」と、響の挨拶は簡素だった。
「皆集まったようね。さっきも紹介したけれど、今日から天月さんが此処の指揮を執るので、もう一度挨拶代わりに昼食の言葉をいただく事にするわ」
ほぼ対角に座っている加賀が、どうぞというジェスチャーをする。天月は少し恥ずかしげに立ち上がった。
「えーと、天月です。早く此処に慣れるよう、皆さんと色々な話が出来たらなと思ってます。どうか色々、よろしくお願いしますね。それでは、いただきます!」
こうして、天月の新しい生活が始まった。